長野県上田市中之条の歯科医院 ハートフル歯科医院 お年寄りや障害をお持ちの方などもお気軽にご相談ください。

歯科専門誌Dental Diamond掲載記事

人にやさしいスペースで展開する地域に根ざした真のバリアフリー

サラリーマンから障害歯科へ
長野新幹線・上田駅で上田電鉄別所線に乗り換えて3駅目の「赤坂上」で降りると、田園地帯の中に、個人住宅のような落ち着いた建物の「ハートフル歯科医院」がある。
院長の六川慎吾先生は、7年間のサラリーマン生活の後、脱サラして障害者歯科の道に進んだ。
「大学卒業後、電子機器メーカーに就職したのですが、個人の技量や能力以外の部分で評価を受けることがあって、実力主義でないのは性に合わず、人様に直接お役に立てる仕事をしたいと思い、障害者歯科があることを知って、松本歯科大学に入学しました」
社会人2年目で父が亡くなり、経済的に余裕があったわけではなかったという。
「30歳で新たな勉強をするわけですから、勇気が要りました。奨学金を受けながら、何とか目標を達成したいと取り組みました。障がい者の方を受け入れる診療所を開院するとき、ハートビル法に準拠した建物にしようと思いました。公共施設や大型施設向けの法律でしたから、個人病院として適用を受けるのは、非常に条件が厳しかったですね」
院内へのスロープの角度も決まっており、ドアや戸は全て特注サイズ、トイレもX線室も車椅子が360°回転できるスペースが必要だった。
「車椅子の方や目の不自由な方がスムーズにチェアーまで移動できること、駐車場も車椅子専用のスペースが必要でしたから、コンサルタントには費用対効果から『止めたほうがよい』と言われました。2006年にハートビル法は廃止されてバリアフリー新法ができ、個人病院などの基準が緩くなったと聞いています」
診療所の周辺には、畑や田んぼの中に昔からの家があり、新しい住宅も建っている。
「このあたりは上田市のベッドタウンです。上田市内か近隣に勤めている人が多いですね。開業するには繁華街は土地の値段が高く、広いスペースが取れないので、地元の生活道路に面していて、大きな商業施設がない、できるだけ静かなところがよいと思いました」

▲医院外観。ハートビル法に準拠したスロープの角度、車いす専用の駐車スペースもある


▲医院見取り図


人にやさしいスペースは誰もが来院しやすい
開業当初、患者はほとんどが健常者だった。今は、車椅子や体の不自由な方は月に4〜5人来院している。
「車椅子、知的障がい、心疾患、人工透析など、障がいのある方全般を診ていますが、人づてに聞いて、長野市から来ている方もいます。ごく普通の歯科医院ですが、間口を広くしています。患者さんは0歳児から90歳代のお年寄りまで、どの年代も大体同じ割合ですが、人にやさしいスペースは幅広い方に喜ばれています。開業当初、経営は厳しかったのですが、負債も思ったより早く返すことができ、何とか軌道に乗っています」
保険外の高額な治療は、患者さん側から強い要望がなければ、特に勧めることはしない。
「足や目が不自由な方、妊娠中の方、どなたでもいつでも歯を失う前に定期健診に来てもらえるような、地域で受け入れられる歯科医院にしたいですよね。お口の中が気にならなくても定期的に気楽に来ていただけて、常に口腔内をよい状態に保てることを目指しています」
大学の医局員時代に、全身麻酔の訓練を受け、AEDや救急処置も勉強した。チェアーの足元には酸素の取れ入れ口がある。
「万が一のための器機は備えてありますし、治療中の心肺停止、重篤な状態に対応できる知識と技量は習得しています。ただ、そのようなことにならないように問診の段階、治療の段階で『患者さんの経過をよく診なさい。その前のことをしっかりやりなさい』というのが、医局員時代の教授の教えです。また『自分で見ることができないと判断したら無理して抱え込まず、大学に送りなさい。一般歯科における第1次医療と第3次医療は違う』とも教えて頂いています」
歯科衛生士4名のうち2名は、松本歯科大学の歯科衛生士学科を卒業している。
「在学中に障害者歯科講座で学んでいます。もう1人は他の歯科衛生士学校出身ですが、松本歯科大学で実習をしています。あとの1人はここで学んでいます。特に障がいのある方にやさしくとは話していませんが、ドアを開けたり、車椅子の方に手を差し伸べたり、目の不自由な方の案内をしたり、チェアーに乗るときに必要な援助をしたりしています。それ以外は他の患者さんと同じです。知的レベルが低い場合は、その人に合わせています」

▲受付。足元の点字ブロックは診療室内へ続く


▲どのような方にも対応できる、地域に根ざした歯科医療を心がける六川先生


子どもを押さえつける治療はしない
一般歯科の他、小児歯科を標榜している。
「知的障がいのある方を治療するトレーニングを積んだので、小さいお子さんを受け入れるノウハウを研究しました。虫歯の治療は、昔は暴れれば何人かで押えて口をこじ開けるのが当たり前でしたが、最初に『うちでは押さえつけて治療はしませんから、2〜3回は治療は進みません。それでもいいですか』と保護者にお聞きします。それでは困るという方には『応急処置をしますので、ご家族と相談してからお越しください』と話をします。それで来なくなるのは月に1人いるかいないかです」
必要なケース以外、すぐにに治療に入らないため、歯ブラシの使い方、ケアの仕方をよく説明する。
「治療が進まない間は、お母さんの責任で歯を守ってほしいとお話をします。多くの歯がダメージを受けていて、少しずつ治療するのは適応ではないと判断した場合は、松本歯科大の障害者歯科に送って、静脈内鎮静法か全身麻酔で一度にすべての歯を治療します。その後、又うちに来て定期検査をするという流れを作っています。小児歯科を前面に出してはいないのですが、受け入れやすい環境が整っていると思います」
押さえつけて治療をすると歯医者さん嫌いになり、次回来院時はもっとたいへんになるという。
「親はすぐ治療してほしいと思うかもしれませんが、そういうことをすると大人になるまで引きずります。歯科医師が歯医者嫌いを作ることになるのです。知的発達年齢が3歳以上に達している場合は、強引に押さえつけて治療すると精神的ダメージを受けるといわれています。何回か練習にきて、本人が治療を受けられるようになったことを確認してから治療をしています。抜歯など外科的処置を行う場合は、笑気麻酔を使うこともあります」
就学前の小さなお子さんから小学生、場合によっては中学生や高齢者の方も、できるだけ保護者や介護スタッフにチェアーサイドで治療を見てもらう。
「治療内容を説明して、本人にはもちろんですが、親や介護スタッフにも納得してもらいます。保護者から質問が出れば、治療を中断して聞くこともあります」
妊娠中の方には、母親になってからも引き続き来院してほしいと話す。
「ベビーカーのまま入れますので、お子さんが生まれたら定期健診に来てほしいと話をします。お子さんが治療終了までよくできたら、シールをあげて好きなところに貼ってもらっています。心理学ではオペラント条件付けといいますが、褒められるとうれしいですから、前向けに取り組んでもらえます」

▲上:救急処置用機器。右上:救急時蘇生器としても使用する笑気吸入鎮静器。右下:チェアーの足元にある笑気と酸素取入れ口


障がい者を特別扱いせず対等に付き合う
実際に障がい者を診療して、感じることは多々あった。
「勉強させられたのは、障がい者と長く付き合っているNPO法人の方から、『日本では障がい者と深くかかわろうとする方と全く関心がない方の両極端に分かれる。障がい者を社会的に受け入れる素地がない。社会的に自立して、税金も払っている車椅子の方に社会的地位を与えていない。対等に扱ってほしい』と言われました」
1つのエピソード。あるとき、電動車椅子をうまく操作できなくて、診察室の壁に穴をあけた患者がいた。「いいですよ」と言ったら、その方の支援者に「いくらかかりますと請求してください、障がい者だからいいというのは止めてください」と言われたという。
移動が不自由な人に手を差し伸べることは必要なこと。でも、不可抗力でもその人のミスに、最初から「いい」をいうのは一人の人間として認めていないこと。障がい者もそう言われたことに甘えていては、障がい者の地位は向上しないし、社会に溶け込めない。みんなが一緒に生きていく社会にするためには対等に付き合う必要があろう。
「障がい者を特別扱いせず、一人の人間としてとらえなければいけないのだと思いました。障がいをもっている方は、障がいを個性として社会に共存しているわけですから、一般の人と同じように診療を行っています」
今後は、往診を増やすことも視野に入れる。
「当院の治療を受けていて、身体機能が落ちて通えないという障がい者の方には往診をしています。同じように、一般の方でも往診の希望があれば、お応えしたいと思います。
これからも、今のスタイルをできるだけ長く続けて、多くの方に気楽に来ていただける、地域に根ざした歯科医院でありたいですね」
他の世界から歯科界に転じた六川先生。どのような方が来院しても治療可能な、地域に根ざした歯科医院として、目先の利益を追うのではなく、長い目で歯科界の発展を考え、真のバリアフリーを実現させている。

▲スタッフは障がい者や高齢者への対応はもちろん、緊急時の対応も心得ている




ハートフル歯科医院
〒386-0034 長野県上田市中之条519-10
0268-28-8727